2019年11月に行われたパンの世界大会、第7回「モンディアル・デュ・パン」で総合優勝を果たした大澤さんに、世界一になるまでの歩みを尋ねる企画の後篇。
いよいよパンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」本番での激闘を振り返ります!
1986年生まれ、群馬県高崎市「Comme’N(コム・ン)」のオーナー。
20歳で父の営むパン屋で修業、25歳で独立するも、パンの道を極めるため、店をたたんで神戸へ。西川功晃シェフが経営する「サ・マーシュ」に2年間勤める。シェフに同行し、第5回モンディアル・デュ・パンを観戦した際、”応援するほうではなく、選手として参加したい”と、挑戦を決意。
2019年第7回モンディアル・デュ・パンで世界一の栄冠に輝く。
2019年12月で群馬県高崎市の「Comme’N(コム・ン)」は閉店。
2020年5月22日(水)~27日(日)に新宿伊勢丹店本館で開催される「ISEPAN!」に出店予定。コム・ンのパンが食べられる貴重な機会となる。また、2020年10〜11月に東京都内で再オープンを予定している。
世界が認めた日本のパン職人
池田浩明
モンディアル・デュ・パンでは、規定時間のうちに、どれぐらいパンを作らないといけないんですか?
大澤さん
まずいろいろな部門に分かれていて、「日常パン(フランスパン)」「健康と栄養パン」「ヴィエノワズリー(クロワッサンやブリオッシュなど)」「サンドイッチ」「お国柄パン(母国をイメージしたパン)」「レスペクチュパニス(手ごねのパン)」「飾りパン」があります。
池田浩明
それぜんぶ作らないといけないんですか? ひぇー!
大澤さん
「日常パン」だと、バゲットを10本、長さが55cm以上の長いパン5本、余った生地で3種類のパンスペシオ(オリジナルパン)。
池田浩明
たった1部門でそんなに! しかも、それぞれ形や味を厳しく審査されるし、重さや長さが基準外だったら省かれてしまうので、めちゃめちゃ神経を使いますよね!
池田浩明
11月20日に本大会が行われましたが、かなり前にフランスに乗り込んでましたよね。
大澤さん
11月4日から15日まで、10日間はピエス(飾りパン)を作ってました。向こうの製粉会社さんのラボを貸してもらって。
池田浩明
飾りパンは事前に作って持ち込むことになっているんですよね。
大澤さん
飾りパンは自分の国を表現したものを作ることになっているんですが、今回は「スポーツ」がテーマでした。自分は柔道をやってたんで、柔道をモチーフにした飾りパンを作ろうとしたんですが、どうしてもぼてっとしたデザインになっちゃうんですよね…。悩んでいるとき、以前、流鏑馬(やぶさめ)祭りを見たのを思いだしたんです。
池田浩明
いい題材を思いつきましたね!
大澤さん
馬の足元から鯉が登ってきて、馬の胸元からは龍が翔び立っている。東洋には、鯉が上に昇って竜になる神話がありますよね。鯉が若手で、竜がシェフ。竜になりたくて若手が昇っていく姿のイメージを表現したんです。モンディアル・デュ・パンの目的のひとつに、シェフから若い子へパンの技術や伝統を受け継ぐという趣旨も込められているんです。
池田浩明
ギリシア神話を連想するような壮麗なポーズですよね。
大澤さん
思いつくまでは、馬の画像をいっぱい調べたり、いろいろやりましたね。最終的には、馬を立たせてボリュームを出しました。実際の流鏑馬では立ち上がって矢を打つことはないんです。あくまでアート。本物そっくりに作る競技ではなく、本物からずらしてどこまでイメージできるかが勝負なんです。
池田浩明
想像力が問われているんだ!
大澤さん
竜の一部は、現地のパン屋で売っていたバゲットから作りました。朝飯用としてアシスタントの久保田がラスクを買ってきたのを見て、「食うなよ、竜にしようぜ!」って。竜のうろこも、原地で買ったラスクを貼って。
池田浩明
どうやってラスクをうろこに?
大澤さん
ラスクを一度ふにゃふにゃに戻して、形を決めたら電子レンジでチンしてかりかりにするんです。1枚1枚くっつけていく。
池田浩明
細かい作業!
大澤さん
作っているうちに、パンっぽさがないってことに気づいた。そこで登場人物の衣装に、クロワッサンをはがしたものを貼ってったんです。そうしたら色のめりはりもできてよくなりました。
池田浩明
提出期限が決まってるから、時間との戦いですよね。
大澤さん
苦しいですね。やればやったほどよくなるものじゃないですし。厨房の床で寝てました。1週間泊まり込みで、外に出ないで1日22時間作ってました。
池田浩明
当日はどんなパンを作ったんですか?
大澤さん
「お国柄パン」は、日本のパンということで、さくらと日本酒で作ったパンドミにさくらをイメージしたパンスペシオ。「サンドイッチ」では、魚の形のちっちゃいパンにサバの味噌煮をはさんで、ローズマリーを水草に見立てたのなんかも作りました。サンドイッチの部門も優勝できました。
左:国花である菊をイメージしたメロンパン
右:日本らしく折り鶴を装飾
池田浩明
すごい!
大澤さん
「ヴィエノワズリー」では、はにわ型のパンを作りました。特注で型を作って、それで抜いたんです。メロンパンは、国花である菊を象りました。卵白で作った白いメロン皮に切れ目を入れて、むらさき芋を使った紫色のパン生地を見えるようにしながら、菊の花を作りました。中にはさらにレモンケーキも入れています。
左奥:はにわ型のヴィエノワズリー
池田浩明
1個1個にそんなに凝ってたら大変でしょう!
大澤さん
死にそうでした(笑)。
池田浩明
やっぱり、なるべく得点を上げるために、難易度の高いものをぎりぎりまで詰め込むんですね。
大澤さん
まひしてるんですよね。あれもこれもって詰め込むあまり、どんどんやることが増えちゃって。最後の最後の通し練習で、1分余裕が残るかどうか。1個でもミスが起きたら、制限時間に間に合わない。
池田浩明
そんなにぎりぎりの勝負してたんだ!
大澤さん
大会の前は、自分と久保田で製造・販売もやって、1日20万円分作って、売ってました。「今日帰れるかな?」って思うぐらい、仕事が立て込んで、どうにもならない。
池田浩明
そりゃ、2人で20万円分を作るのはたいへんですよ。
大澤さん
フランスから帰ってきて、「大会のことしかやってなかったから、20万円も作って売れるかね?」って話してたのが、週末は2人で1日40万円分売るようになって。
池田浩明
えー! たった2人でそんなに作れるなんて!
大澤さん
それができるぐらいの体力とか精神力とか集中力が、大会を経験することで、ついたってことなんです。
池田浩明
本当ですね。限界にチャレンジすることが、その人の能力を伸ばすんですね。
大澤さん
もしモンディアルに挑戦するかどうか悩む環境を与えられたら、絶対やったほうがいいって強く言えるようになりました。あと、いろんな人とつながれたり、協力してくれる人の輪が大きくなる。わからないことは誰かが解決してくれるし、アドバイスもしてくれます。
池田浩明
大澤さんが「世界を目指す」って自分の夢を口に出して言うことで、いろんな人が協力してくれましたよね。
大澤さん
毎日必死にやることが大事です。なんで優勝できたのか? すごい選手ばかりで、自分がいちばんセンスがあったわけでもない。ただ、自分と久保田が世界でいちばん練習しただけ。それは胸を張って言えます。
池田浩明
かっこいい! それ世界一になった人だけが言える言葉ですよ!
大澤さん
予選のときも感じてました。実力のある方たちがパーフェクトにこなしてたら、自分らが勝てるかわからない。各選手が失敗する中、自分たちは大きい失敗なくいけた。練習量で負けなければチャンスはある。それはすごく感じたことです。
池田浩明
すごく勇気の出る言葉です。誰でもがんばれば、夢を叶えられるってことですからね。
おいしさの秘密は小麦粉の力
池田浩明
コム・ンのバゲットはすごくおいしいですよね。あれは、どんな材料を使っているんですか?
大澤さん
うちは100%日清製粉を使っています。バゲットも日清製粉の「テロワールピュール」と「リスドオル」を半々ずつ入れているんです。
池田浩明
フランス産と「リスドオル」をハーフアンドハーフですか。
大澤さん
「テロワールピュール」は前日仕込んで、当日に「リスドオル」を追加するんです。熟成と発酵のバランスを求めていったらその作り方になりました。
池田浩明
オーバーナイトとストレート製法のいいとこどりですね。
高崎のコム・ンは2019年12月いっぱいで閉店となりましたが、これからの計画を教えてください。
大澤さん
今年の9月にはペルーで、成績上位者が競い合うベストモンディアル大会があります。それが終わって10月には新しい店舗を作りたいと思っています。いままでのコム・ンはあくまで厨房であって、店ではありませんでしたからね。
池田浩明
どんな店になりそうですか?
大澤さん
最終的な目標は、洞窟みたいな店を作ること。
池田浩明
洞窟!? すごく楽しみ!
大澤さん
自分のところに、若い子たちが集まってくれていて、仕事が休みの日に研修に来てくれるんです。そういう子たちが笑顔でパンを作ってくれてるの、すごくハッピーで。若い子たちを育てるのが目標です。久保田や他のスタッフにも世界一を狙ってほしいと思っています。
世界一の栄光を手にした大澤さんが次に見据えているのは、知識を惜しまず次世代のパン職人へ伝承していくことと、新たな夢でした。
次にひとくちパンを食べるとき、少しだけ思い出してください。材料を吟味し、努力を重ね、真摯に向き合っているパン職人や技術者が大勢いることを!