カレーパン誕生のストーリー
カレーパンの誕生は、1927年(昭和2年)に東京都江東区にある、カトレア(当時名花堂)によってなされたというのが公式の歴史。でも、もう一軒、同時期にカレーパンを発明したと言い伝えられる店があります。東京都練馬区にあるデンマークベーカリー(当時入船ベーカリー)です。
法則①創意工夫
創業者の井戸錠市氏は、1934年(昭和7年)に叔父の総菜屋の隣りでパン屋をはじめました。「工夫の錠ちゃん」と呼ばれるほど、いろんなパンを試作。カレーパンのアイデアもありました。隣りの総菜屋さんからもらってきたカレーを食パンではさんだところ、「ぽろぽろこぼれて食べづらい」と評判が悪い。あんぱんのようにカレーを包んでみたが、「ぱさぱさする」とこれも受けない。隣りで揚げていたとんかつをヒントに、カレーを包んだパンを揚げてみたら大当たり。現在までつづくカレーパンは、創意工夫が好きな人だからこそ生みだせたのです。
法則②製法を受け継ぐ
いま、カレーパンのイズムはどのように受け継がれているのでしょう?
発酵をとりすぎないこと(生地が油を吸う原因となる)、具をケチらないことなど、職人から職人へと伝えらえれているコツはいくつかあります。中でもデンマークベーカリー独自のスタイルは二度の火入れ。
「油で揚げる前に、オーブンで8割ぐらい焼いておきます。こうすると、さくっとして、歯切れのいいカレーパンになります」(統括責任者の鈴木さん)
たしかに、デンマークベーカリーのカレーパンはさくさくと音が鳴り、ほろほろ勝手に崩壊していく心地よさがあります。
法則③いつも揚げたて
二度火入れするよさは食感だけではありません。生から揚げるカレーパンだと、発酵がどんどん進んでしまうため、好きなときに揚げることができません。そのため、一度カレーパンを揚げたら売れるまでずっと放置されることになりがちです。ところが二度火入れする場合、一度オーブンで焼いてそのまま保存、好きなときに揚げることができます。
「一度にたくさん揚げないで、少しずつひっきりなしに揚げて、いつも揚げたてにするのが、カレーパンをたくさん売るコツです」
一度焼いておくと、通常5分、10分とかかる揚げ時間も、わずか1分と短時間。お客さんの注文を受けてから揚げることも可能です。
法則④お客さんの都合に合わせる
揚げたてパワーを活かせば、こんな売り方をすることも。
「売り場まで持っていくときも、『カレーパン揚げたてです!』と言いながら、わざとレジ待ちのお客さんの列のそばを通るんです。そうすると、『カレーパンちょうだい』『私も』『私も』となって、売り場に着くまでにぜんぶなくなってしまうことがあります。揚げたてには衝動買いさせる力がある。パン職人は『こうじゃないといけない』ってかたくなになりがち。でも、本当はパンをお客さんに口まで運んでもらうのが僕らの仕事。売り場を見ながらパンを作ることで、お客さんの都合に合わせることができる。カレーパンにはヒントがいっぱいあるんです」
カレーパンの法則まとめ
カレーパンの法則まとめ | ①創意工夫 |
②製法を受け継ぐ | |
③いつも揚げたて | |
④お客さんの都合に合わせる |
カレーパンの最先端
東京・三軒茶屋のブーランジュリ シマ。客が注文してから揚げるカレーパンが人気の店。
きっかけは店主の島健太さんが「カリ~番長」こと水野仁輔さんに出会ったこと。スパイスを自ら調合して作るスパイスカレーのおいしさに目覚め、それまで作っていたルーによるカレーの改良を決意。カレーと生地の試作を繰り返すこと2年、やっとチキンスパイスカレーパンが完成しました(法則①創意工夫)。メディアにたびたび取り上げられる大人気のカレーパンになりました。
重厚さよりさわやかさ
目指したのは、子どもからお年寄りまで食べられるカレー。トマトの甘酸っぱさが心地よく、ごろごろ入った鶏肉も脂があっさり。びりびり痛めつけるような辛さはなくて、それよりも後味のすーすーとした感じが、とても爽快。舌にも胃にももたれないので、もう1個食べたいと思ってしまいます。
「食べ終わった感じが大事なんです。余韻が必要。物足りなさを残すのも必要な部分。もう一回食べたい。そう思わせると、ブーランジュリ シマの名前が記憶に残る」
秘密はスパイス。シナモン、クローブ、カルダモンなど全11種類。「食べられるスパイス」としてカレーリーフ、コリアンダー、マスタード、クミンなども入り、噛むたびに香りが飛びだします。それはインド料理屋で食べる本格スパイスカレーのような味わい。このカレーパンが伝統を受け継いでいるのは、日本のルーを使ったカレーよりも、むしろインド料理なのかなと思います(法則②製法を受け継ぐ)。
カレーパンは揚げたてがいちばん
デンマークベーカリーと同じく、揚げたてであることを大事にしています(法則③いつも揚げたて)。
「どうしたらこのカレーパンをいちばんおいしく食べてもらえるか? あつあつがいちばん。揚げたてがいちばんおいしいってみんな気づいててもやらない」
いつも揚げたてで出すために、技術的ハードルをクリアしました。
「お客さんに待ってもらえる時間は3分。そのために3分で揚げられる伸びのある生地にしています」(法則④お客さんの都合に合わせる)
発酵が止まるぎりぎりの温度を突き止め、冷蔵で保存。注文があるたびに冷蔵庫から出した生地を油の中に投入。3分後には油がきらきら光る揚げたてのカレーパンが。生地を割ると、中から湯気が立ち上り、いっしょにスパイスの香りも飛散します。シンプルに小麦の甘さを強調した生地はナンをイメージしているとのこと。カレーととろけあう相性にすばらしいものがあります。
感動の原点は高校時代
揚げたての原点は高校時代にありました。
「毎朝6時10分。高校に通うために毎朝通る乗り換えの駅。開店前のパン屋に揚げたてのカレーパンとあんぱんが置かれていたんです。買えるかどうか聞いてみたら、『いいですよ』。揚げたてのカレーパン、めちゃくちゃおいしくて。それから毎日買った。帰りに寄ってもおいしくないんです。そのときのことが頭にあった。揚げたての感動ってパンチがあるんですよ」
カレーパンは揚げたて。奇しくも、原点の店、最先端の店、双方の意見が完全に一致しました。
あつあつのカレーパンには心が震えるような本能的なおいしさがあります。もしあなたがそんなカレーパンに出会えたとしたら、それはパン屋さんが、何度も揚げる手間を惜しまなかったから。
「おいしい」を聞くためになされた仕事は、食べる人に感動を与えます。