「焼き菓子」をどこで買いますか?洋菓子屋さんで、という方がほとんどでしょう。パン屋さんでも「焼き菓子」は作れますし、売っています。でも洋菓子屋さんはオーブンを含めた道具や温度や湿度などの環境が整っていることからどうしてもパン屋さんより優位にあると考えられがちですし、条件によってはそれが正解の場合もあります。
では、パン屋はどんな焼き菓子を焼こう…試行錯誤の末に「Boulangerie Patisserie BONNET D′ANE」のオーナーシェフ、荻原浩(おぎはら・ひろし)さんがたどり着いたのは「パン屋だから焼ける焼き菓子」でした。
おすすめの焼き菓子にはすべて名前に“パン屋の”が冠してあります。パンを焼く石窯で焼成していること、それが名前の一番の理由です。人気No.1のマドレーヌは、作り置きは一切せず、毎日焼き上げます。フランス産小麦を使用した「テロワール」の深みのある味わいに「バターとバニラをうまくのせた」という貝殻型のマドレーヌは、石窯の遠赤外線効果で端はカリッと、中はしっとりフワッと仕上がります。昼頃の焼き上がりを待つ熱烈なファンもいる売切れ必至のアイテム、平日は40個、週末は50個程度店頭に並びますが、閉店を待たず、夕方にはお目にかかれないこともあるそうです。
「焼きたてが一番おいしい」という荻原シェフのおすすめに従って、購入後すぐに味わってみました。それはほとんど抵抗なく歯を受け入れ、軽やかに舌で踊り、瞬く間に溶けていきました。芳醇なバターの香り、甘いバニラの香り、小麦粉の旨み…口に広がった例えようもなく豊かなものが溶けていくひと時は、まさに至福の時。自然と笑みがこぼれました。
「(パンの主原料である)小麦粉は、それほど多く入っているわけではありません」という説明通り、“パン屋の”という名前からイメージするほど小麦粉は使われていません。チョコレート、卵、バター、砂糖が主な材料ですが、パンにとっての塩のように、小麦粉はガトーショコラにとって、微量ではあってもなくてはならない存在なのです。だからこそマドレーヌと同じ「テロワール」を使用し、味わいを深め、より滑らかな舌触りを追及した、こだわりというより心意気を感じる一品です。
味わいはまろやか。尖ったところが一切なく、とても優しい印象です。一般的にはガトーショコラはカカオ感の強さが評価ポイントになりがちですが、逆にそういった印象がないことで安心感がありました。平均して毎日カットが20個、箱入りが1本売れる理由もここにあるのではないでしょうか。
「サブレ(=Sable)」とは、フランス語の「砂」から派生した言葉です。つまり、砂のように細かく砕けて崩れ落ちる、サクサク、ざくざくの食感が焼き菓子「サブレ」の命、『パン屋のサブレ』もその食感の表現を第一に考えて作られています。さらに、「石窯で焼くと、中がしっとりすると同時に、香りが閉じこもるのです」とのこと。もしかしたらこのサブレが「パン屋だから焼ける焼き菓子」の神髄なのかもしれません。
その驚異的な歯切れの良さ、口溶けの良さ、そして口から鼻を抜ける豊かな香りには、感動や感激を凌駕する幸福感がありました。やはり最初のひと噛みの感触が秀逸で、何度でもそれを味わいたくて、つい手を伸ばしてしまう悪魔的な魅力を持つ焼き菓子です。
「パン屋さんの焼き菓子」に、一般的にはどんなイメージが持たれているのでしょう。パティスリーより少し無骨、パンを焼く傍らでちょっと手掛けているもの…きっとそんな答えが返ってくるのではないでしょうか。
実際に、ほぼ手元にある材料で作れて、オーブンの火を落とす途中の余熱を利用して焼けるから、という理由でクッキーやマドレーヌを作っているパン屋さんは少なくありません。そもそもパン屋さんはパンを売る店であり、そこにいるのはパンの作り手なのですから、パン屋さんで焼き菓子にパンほどの思い入れがなくても不思議はないのです。
荻原シェフが他の作り手より焼き菓子に注力するのは、パリのパン屋さんで売られていた焼き菓子のから受けた衝撃が一因でした。これがパン屋だから焼ける焼き菓子だ、と抱いたイメージばかりでなく、そのパン屋さんのある街の雰囲気、街角で嬉しそうにそのパン屋さんのマドレーヌを頬張る女の子の笑顔…パリで荻原シェフが見て、感じた、温かな光景を具象化したのが、商品名に“パン屋の”を冠した焼き菓子たちなのです。
※掲載されている内容は2016年12月16日現在の情報です。