Column男の探求コラム
粉もんと漬けもん -スパイスカレーは、漬物と。編-
こんにちは。漬物男子の田中友規と申します。
個性の強い粉もんを引き立てる、名脇役の漬けもん。
この連載では、漬物プロダクトを自分で作ってしまうほどの漬物好きの僕が、めくるめく漬けもんの美味しい世界を紹介する。
連載第三回目は、「福神漬け」の話。
「カレーには福神漬け。」日本人ならだれもが頷くパートナーだ。
しかしその福神漬けを自分で作ったことがある人はどのくらいいるだろう。
カレーに付け合わせる漬物は、インドのアチャールという保存野菜に由来する。
生野菜を塩揉みし、マスタードオイルでコーディングすることで
保存力を高めた漬物の一種で、インド料理には欠かせない一品だ。
カイエンペッパーなどのスパイスで香り付けし、シャキッとした野菜の歯ごたえを残した
サラダのような仕上がりで、使用する野菜のバリエーションも様々だ。
アチャールの日本版として位置する「福神漬け」だが、誕生したのは明治初期。その歴史はまだ新しい。
レンコン、きゅうり、ナス、大根、シソの実、生姜、ナタマメ、
7種の野菜を甘味のある醤油に漬け込んだ漬物で、七福神の弁財天が祀られる東京上野の不忍池の近くに店を構える山田屋が、
その地域にちなんで「福神漬け」と命名したとされている。
当初はカレーとセットではなく、白飯のおかずとして人気を博したのだが
大正時代に入り、ヨーロッパを行き来する日本郵船の一等客船で提供された
カレーライスに添えられたのがその歴史の始まりだ。
おそらく海外の港に出入りする客船は、当時最先端の料理として、インドカレーとアチャールを
模した、日式カレーに福神漬けのセットを提供し始めたのだろう。
その後、インドカレーとはまったく別方向に進化し、
濃縮したブイヨンの旨味を極限まで高めたカレールーの発明により爆発的に日本に広がり定着した。
僕の周りでも日式カレーが大好きで、色々な隠し味を試したり、ルーに追いスパイスする、など工夫を凝らして楽しんでいる料理仲間がいるのだが、意外にも「福神漬け」に着目する者はいなかった。
「福神漬けは買うもの」と思った諸君、その指摘はあまりに的外れだ。
作れるんじゃないだろうか・・・そんな欲求を抑えられなくなり、レシピや文献を漁ってみたのだが
さきほど紹介した福神漬けに使用する7番目の野菜を揃えるのがまず難しい。
・・・ナタマメ?漢字で書くと鉈豆。
どうやら鉈のような形状をした大型の豆らしく、
市販の福神漬けをよく観察していただくと、薄くカットされた剣のような形の野菜を見つけることができると思う。シコシコとした歯ごたえで、食感のバリエーションの面白さを生み出している。
ナタマメなくして、福神漬けは完成しないのだ。
僕は希少な野菜が必要な時は、大阪中央卸売市場で働く友人に相談する。
が、この時ばかりは、「国産はほとんど出回らないので難しい」と断念せざるを得なかった。
が、ついに大分でほんの少しだけ作っている農家があった!と連絡が入り、念願のナタマメと対面することができた。福神漬けの材料を揃えるのに、実に2年弱費やしたことになる。
作り方はシンプルで、好みのサイズにカットした7種の野菜を酢、醤油、砂糖でサッと煮る。
柔らかくするのが目的ではなく、生野菜から水分を抜き出し、冷やす過程で味を染み込ませる。
数日間、冷蔵庫で冷やして完成だ。
もちろんパートナーである日式カレーも準備する。
まずは多めのサラダ油で玉ねぎをじっくりと炒める。小麦粉、カレーパウダー、ニンニクパウダーとジンジャーパウダーを入れ粉っぽさが無くなるまでさらに炒める。
そこへトマトピューレ、ミックススパイス(コリアンダー、クミン、ターメリック、カルダモン)を
加え、チキンスープを注ぎ煮立たせる。塩で味を整えてこちらも完成。
白米を盛り、ルーをかけ、福神漬けをたっぷりと添えれば、教科書通りの日式カレーだ。
小麦粉を加えたとろみのあるルーは、なんとも白米とよく合い、
福神漬けは、市販のものとは比べものにならないほど、
野菜の歯ごたえが活き活きとしていて、濃厚な旨味を見事にリセットしてくれる。
ようやく手に入れた国産のナタマメは、歯ごたえがむっちり強く、味に派手さはないが
安定感のあるベースラインのような立ち位置だ。
これほどまでに福神漬けが、カレーの中心軸に存在したことがあるだろうか。
白米、カレー、福神漬けは、永遠のタイムリープ。
もし君のキッチンに、7種の野菜が揃わなくても諦める必要はない。
ナタマメが不在でも、その季節の旬の野菜で試してほしい。
たけのこや、みょうが、ごぼうなどでも、きっと良いチームプレーを味わわせてくれるに違いない。
福神漬け レシピ
レンコン 15g
きゅうり 25g
ナス 25g
大根 15g
シソの実 2本
生姜 5g
ナタマメ 15g
1.醤油1:砂糖1:米酢1の割合で調味料を作る。
2.細かく切った野菜を鍋にいれ、1を注ぎ煮立たせる。
3.サッと煮たら保存容器に入れ、冷蔵庫で冷やして完成。
田中友規さん
東京都出身/京都府在住
真夏のシンガポールをこよなく愛する料理研究家でありデザイナー。
保存食に魅了され、漬物専用ポットPicklestoneを自ら開発してしまった「漬物男子」で世界中のお漬物を食べ歩きながら、日々料理とのペアリングを研究中。
Picklestone
https://www.excite.co.jp/news/article/Japaaan_68996/?p=2