趣味、こだわり、男の料理

Column男の探求コラム

ニッポンの名店紀行 八戸の食堂で丼の夢を見た男の物語

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北東北が誇る漁港の港町で、素朴な一杯に潜んだ至極の淡味に息を呑む

青森県南部の太平洋側に位置する八戸港。その歴史は17世紀中頃、八戸藩が開かれた時に始まった。当時は鮫浦港と呼ばれ、漁港として発展。明治時代より港湾計画が進み、工業港として機能を高め、1939年に国の貿易港に指定された。現在は東北地方の中で宮城県塩釜港に次ぐ国際貿易港となり、日本有数の水揚げ量を誇る八戸漁港を有している。
 八戸漁港では国内の約3割を占める烏賊をはじめ、平目や鰈、鰯、蟹、鮟鱇など1年を通して豊富な魚介が水揚げされ、近年では世界最高水準の衛生管理レベルであるEU輸出基準に対応するHACCPを取り入れた国内初の魚市場としても注目されている。その魚介類がどこよりも早く並ぶのが、八戸最古の市場、陸奥湊駅前朝市だ。
 朝6時。駅前に降り立つと潮風とともに人の賑わいが現れる。細い道路の左右には卸売業者や小売店、花や惣菜を売る露店などが軒を連ね、搬入するトラックや仕入れのバイクが慌ただしく風を切っている。地元の方言が飛び交いながら、業者や市民、観光客で賑わう活気は、さながら東南アジアの市場のようだ。
 その一角に『みなと食堂』はあった。素朴な木造建築の軒先にHONDAのカブが一台。「俺の相棒。魚が無ぐなったらすぐ仕入れさ行く。市場はうちの冷蔵庫だから」と快活な笑顔で迎えてくれたのは店主の守正三氏。早朝にも関わらず、カウンターとテーブル1席だけの店内には、仕事終わりの業者が刺身をつまみに杯を傾け、観光客と思しきファミリーが丼をかきこみ、次々とお客が入ってくる。今では地元だけでなく全国各地から訪れる人で昼時は平日でも行列になるが、2001年の創業以来、ここまでくるのに10年かかったという。

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熟成と漬けで作るここにしかない旨味

 主人は岩手県の県境にある三戸郡階上町で生まれ、海とともに育った。「中学生の頃から階上とかこの辺りの海で素潜りして鮑とかウニば捕ってた。今はしねぇが、夜はプランクトンがキラキラして最高なんよ」
 青森県水産訓練所を卒業後、漁業関係の仕事に就くが、ほどなくして辞め、札幌や東京へ20年ほど旅に出た。その後、父親が亡くなったのをきっかけに帰郷。八戸市内の魚屋で働いていたが、社長が亡くなり、倉庫を借りて食堂を始めたという。「最初はカツ丼やラーメン、焼き魚とか何でもある食堂。全然はやらなくて、食うために始めたのに、かっちゃに食べさせてもろうてた(笑)。こりゃどうにかせんとって、地元のお客さんに昔の漁師めしを教えてもらってこれを考えたんよ」と言いながら「平目の漬け丼」を出してくれた。隙間なく敷かれた平目の切り身の上にのせた黄身をくずしてひと口。平目の淡白な味わいと甘辛い漬けダレ、黄身のまろやかなコクが三味一体となり、自然と米が進んでしまう。この味の秘密は熟成と漬けにある。「青魚はすぐさ食べねど美味くねぇが、平目は2日ぐらい熟成させると旨味になるイノシン酸が出てくるんだ」
 それを醤油、酒、みりん、ニンニク、唐辛子で仕立てた特製のタレに漬ける。といっても提供前にほんの数十秒程度。漬けすぎると平目にタレの味が入りすぎて、繊細な味が台無しなるので、サッと漬けることで、平目の淡白な旨味をより引き立たせているという。
 この辺りでは1年中平目が揚がる。冬は身が締まった寒平目、春は雪解け水が海に流れてより旨味が増すので、季節によって異なる味わいも楽しめる。その他にはない味が口コミで広がり、今では県内や県外、国外からも一年中、これを目当てに人が訪れるようになった。
 さらに生のウニを約150グラムびっしり敷き詰めた「生ウニ丼」に、鮪の中落ち、ズワイやイクラ、帆立、スルメイカ、蛸等をふんだんにのせた丼「漁師の漬け丼」や、足が早く鮮度が良すぎて築地にまで出回らない「ホヤ刺」など、目移りしそうな八戸の海の幸が揃う。
「俺は何もしていない。ただ"イサバのカッチャ"に教えてもらった本物を出してる。それでお客さんに喜んでもらって、色んな人と話できるのが本当に楽しいんよ」
 そう笑う主人の笑顔が、一番脂がのっていた。

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駅前市場には八戸市営魚菜小売市場があり、中で食事もできる。

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数量限定の「平目えんがわ半々漬け丼(1,300円)」や生ウニ、蟹、帆立、イクラが入った「もっともっと四合わせ丼(3,700円)」は早い時間になくなることも。

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醤油は岩手の『大黒醤油』の「ことぶき」を使う。平目漬丼の自家製の漬けダレは醤油1、みりん1、酒1の割合。

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(左上から)中に特大の帆立を忍ばせた「生ウニ丼(3,500円)」は、まさに贅沢の極み。時季によっては北海道のバフンウニを使うことも。具だくさんで彩り豊かな「漁師の漬け丼(1,700円)」。一番人気の「平目漬丼(1,000円/せんべい汁セット1,350円)」。本鮪の中落ちをふんだんに使用した「ホタテ入り中落丼(1,200円)」。

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「本物を出しているからお客さんが来てくれるんです」と主人。

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陸奥湊駅から海岸沿いに進むと、ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている「蕪島(かぶしま)」が。さらに南東へ進むと種差海岸沿いに異国情緒あふれる天然芝生の絶景が広がる。

『みなと食堂』

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DATA
住所/青森県八戸市大字湊町字久保45-1
TEL/0178-35-2295
営業/ 6:00~15:00
休み/日曜日・年末年始

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